新年の挨拶

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新年の挨拶は、毎年ある。だからこそ難しい

新年の挨拶は、どの企業でも行われる年初の恒例行事だ。
毎年聞いて、毎年話す。形式も大きくは変わらない。

それでも、年が変わるたびに少しだけ考えてしまう。
「今年は、何を伝えるべきだろうか」と。

聞き手にとって意味のある挨拶とは何なのか。
その答えを探す時間自体が、新年の始まりなのかもしれない。


振り返ると、挨拶には“型”がある

これまで多くの新年挨拶を聞いてきた。
印象に残るものには、ある共通点がある。

まず、地震や戦争など、社会を揺るがすニュースに触れ、
今ある日常が当たり前ではないことを共有する。
その上で、自分自身の話へと戻ってくる。

駅伝やお正月の風物詩、お節料理、家族と過ごした時間。
そして昨年度を振り返り、少しの失敗談を交えて笑いを添える。

堅すぎず、軽すぎず。
人の体温が伝わる挨拶には、自然と耳が向く。


駅伝が教えてくれる「勝ち方」の本質

今年、特に心を動かされたのは駅伝だった。
中でも**青山学院大学**の3連覇は、素直に感動した。

ただ、感動の裏側には冷静な積み重ねがある。
山を走る選手、平地を任される選手。
走り方、食事、コンディション管理。
膨大なデータを見極め、役割を最適化していた。

一方で、すべてが数字で読めるわけではない。
当日の雰囲気、緊張、モチベーション、天候。
人の心は、最後まで不確実だ。

だからこそ気づかされる。
量は大切だが、最後にものを言うのは判断の質だということを。


今年は「飛躍」を意識した一年に

今年は午年。
馬は前へ前へと進み、努力を積み重ねる象徴とも言われている。

一方で、午年の中でも特に知られているのが**丙午(ひのえうま)**だ。
丙午は十干と十二支が重なる年で、60年に一度巡ってくる。
歴史的には「気性が強い」「変化が起きやすい年」と語られ、迷信も含めて人々に強い印象を残してきた。

迷信の真偽はさておき、興味深いのは、
人が昔から節目の年に意味を見出し、行動を変えてきたという事実だ。

不確実な時代ほど、人は立ち止まり、考え、選択する。
駅伝がデータと人の感情の両方で勝敗が決まるように、
量を積むだけでなく、どこでどう判断するかが問われる。

今年は午年。
ただ走るのではなく、
進む方向と質を意識しながら、前へ進む一年にしたい。


読者への余白として(挨拶のヒント)

新年の挨拶に、完璧な正解はない。
ただ、問いは一つでいい。

「今年、何を大切にしたいか」

社会に目を向け、
自分を振り返り、
少し先の未来を語る。

その順番さえ守れば、言葉は自然と形になる。
あなたなら、今年の挨拶で何を伝えますか。

形式よりも、想いが届く一年になりますように。

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